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ノージャンルの音楽ブログ、青春の80年代洋楽はじめ、J-POPからラテン系まで・・・好きな音楽紹介!

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闘病Life 2017 ~ 2018 【姉について⑧】

【2017年~2018年】

やりたい事をガンガンやった2016年から年を越えて2017年
2017年は今思えば穏やかに、そして確実に少しづつ病気は進行していったと言えるのかな。
病気の面で大きな出来事も無く、しいて言えば17年の10月に肺に水が溜まってきているのでその水を抜く為に10日間ほどの入院をしたことぐらいだったかもしれません。
病状としては大きな変化や悪化は無かったと思うけれども、体力的に徐々に厳しくなり始めた次期ですね。
以前はできていた一緒の買い物が、スーパーで杖やカートにつかまっての15分位が限界になってきた感じでした。
一緒にお店に入ってはみるものの、途中で立っていられなくなり車に戻るようになりました。
なので買い物は時短でサッと済ますか、姉は車中で待っているような事が増えていきました。

また2017年の1月に私とほぼ同時にスマホを替えました。
私がソフトバンクから格安スマホの楽天モバイルにしました。
私の月料金が5000円から2500円になった事を見て、姉もiPhoneで月6000円ぐらいかかっていたので変更を進めました。
そもそもネットもそんなに使わなかった上に家ではWi-Fiで繋いでるのでかなり無駄に払っていましたし、闘病中はほとんど家の中ですので格安プランで大丈夫でしょうということで2人とも楽天モバイルに移行しました。
そこでスマホを替えたタイミングでLINEアプリを入れてみたり、試しにと話題だったポケモンGOなどのアプリを使ってみました。

そもそも姉は実は音楽同様にゲームも大好きでした。もちろん私もファミコン世代ですのでそれなりにやります。
姉はナンクロなどのパズル系に始まり、PCですがまったりと国作りする「age of empires」とか地味にはまってました。
またPS系では特にコーエーの三国無双や戦国無双シリーズは以前から遊んでいました。
もちろん新作が出ると早々に購入しプレイする人で私より細かくトロフィーをコンプするなどやり込み派です。

2017年を一言で言えば「ポケモンGo」の年でした。
体力的に出歩けなくなってきて、家でソファーに座ってTVを見るか音楽を聴いているか本を読んでいるかPS4をする事がメインの生活になってきていました。
そんな中で1月にスマホに入れた「ポケモンGo」にまさかここまで嵌るとは想像もしていませんでした。
私達の年齢ですからポケモンは世代的に違いますし、お互いにアニメを見た事も無ければ特に興味もありませんでした。
ただ世間で話題になっていたので知ってはいましたが、まさか自分がプレイするとは思っていませんでした。
ただ試しとスマホに入れてみたら楽しかったらしく、私にもスマホに入れろと勧められ、外にポケモンを捕まえに出るという事が増えていきました。
ただ歩き回ることは不可能ですので、基本は私が運転し助手席で捕まえる、又はイオンなど大型の駐車場を訪れては私は買い物に行き姉はそれを待つ間にポケモン・ゲット。
深夜に捕まえた事の無いポケモンの影が出ていると気が付き、2人で出かけて行ったことも多々ありました。
とにかく無課金でこれだけ遊べるのは凄いなと私も感心しました。

そうこうしているうちにポケモンGoで月に一度の「コミュニティーデイ」というイベントが始まりました。
ご存知の方には説明要らないと思いますが、ある特定のポケモンが3時間だけ大量に登場し、また稀にその色違いが出現し捕まえることが出来るチャンスがあるというイベントです。
そうこうしている内に、合言葉は「来月のコミュニティーデイも元気で一緒に出かけよう!」になって行きました。
「ポケモンGo」が毎月の通院で検査結果も良好で問題無く無事に帰宅するためのモチベーションになっていきました。
体力的にも大きな計画や目標を立てられなくなってきた中で、2人で共有できる新たなコンテンツとして大事なものとなりました。
ポケモンを捕まえるために家から外出しドライブし、歩く程度としてはギリギリ大丈夫なパン屋さんでパンを選んだり、コンビニでコーヒーを買う事が貴重な運動になりました。
ただ2018年も後半になると、家のソファに普通に座っていることが辛くなっていき、常に横になっていないと駄目なようになります。
出かけた車内でもシートに座っている事ができる時間が徐々に短くなっていきました。
2017年のコミュニティーデイの頃の3時間がきつくなり、2018年夏にはそれが1時間になり、30分にとなり・・・2019年は通院以外では外に出る事すら難しくなりました。
2人にとってポケモンGoは2017年から2018年の期間がメインでしたが、1ヶ月を乗り切るモチベーションと毎日のワクワクと共有できる話題を提供していただきました。
姉とのこの2年間はポケモンGo無しには語れない期間となりました。
この場を借りて感謝とお礼を、ありがとうございました。

2018年は大きく様々な事が厳しくなった年でした。
私も一緒にいてかなり辛い思いをしましたが、当の姉はもっときつかったと思います。
弱音は吐かない人でしたので気丈に振舞ってはいましたが、この頃からですね。
まず病院の治療は変わらずで、耐性が付いた薬を次の物に変えてのホルモン治療の継続でした。
一番の変化は2018年は春ごろから一気に痩せていきました。目に見えて。
と同時に食事が食べられなくなっていきました。食べる分量ですね。
夏頃までは以前の半分、夏以降は30%ぐらいでしょうか。
胃が小さくなったのかどうかは分かりませんが、とにかく食べられない。すぐにお腹が張って苦しくなったり痛みが出るようになりました。
肝臓に転移した癌も大きく成っていたようで、そのせいで胃が圧迫されていたのかもしれませんし、そもそも筋肉がどんどん消失していっていましたのでお腹が膨れるという柔軟性が無かったのかもしれません。
食事の準備をしていた身としては何とか食べて欲しくて色々と好きな物を作るようにしてみたり工夫してみましたが本人曰く「食べたいけど無理!」でした。

なのでこの頃から以前の食事の基本パターンを維持するのが不可能になってきていました。
にんじんジュースも以前は食事外で飲んでいましたが、ジュースを飲んだら1食分食べられなくなるということで毎日継続が無理になり、入浴後に飲むという事で1日置きで作ることになりました。
また夏以降になると、もう何でも良いので食べられるものを食べて欲しいという思いになり、お米は食べずにパンでもOKになりました。もちろんコンビニ・スイーツでも喜んで口にするならと買っていました。
本当に夏以降は厳しくて、食べたいものなら何でも良いので食べて欲しい、ただそれだけになっていきました。
元々の体重は詳しく聞いていないけれども確か54㎏とかがベストだと言ってたような気がします。
この頃の姉の体重は聞いていませんが、2018年11月には相当にガリガリで厳しく見ていても辛くなるくらいでした、本人もお風呂に入って鏡で自分の姿を見るのが怖いと言っていました。
体重に関しては2019年に入った頃には40㎏を切ってショックを受けていましたし、6月の最後の入院時は36㎏でした。

この18年夏以降は発熱と痛みが出る事が増えてきて夜にも痛み止めを服用しないと眠れない事も多くなりました。
18年の10月にはホルモン治療ではなく、いわゆる抗癌剤をまた投与する事になりました。
その当時姉には言いませんでしたがその急激な状況の変化を見て、私は内心そろそろ限界が近いのではないかと思いはじめました。
少なくとも自力で歩けなくなるのも時間の問題かと感じ、姉に「友達の女子会とかLINE連絡はないん?」と聞きました。
お互いに気を使ってるみたいで2017年以降ほとんど連絡を取っていない様子でしたので「また抗癌剤になったら髪抜けてしまうから、髪の毛あるうちに会った方が良いよ!」、「早急に連絡とって抗癌剤の前に女子会開いた方が良いからすぐ連絡しなさい!」と半ば強引にせかし連絡させました。
案の定相手の友人も連絡を待っていたみたいで火曜日に連絡し即日決定で金曜日の女子会開催で決まりました。
そしてその後の週明け月曜日に抗癌剤というスケジュールになりました。
ただ火曜日に連絡をとって以降姉の症状は日々悪化していき、水曜木曜と痛みで唸っている事が多い状態で金曜日はとても無理かも・・・と危惧していましたが、神様が居ました!
金曜日は朝から痛みも出ず、昼前には無事に友人のお迎えの車に送り出せる状態でありました。
4時間ほどして帰ってきましたが、「楽しかった~!」と満面の笑みでした。
沢山話をしてパスタやらスイーツやらちょこちょこ食べれたようでした。
実際に友人と外で会えるこれがラストチャンスかもと思って送り出したのですが、本当に間に合って良かったです。

実はこの後の抗癌剤の投与で問題が起こりました。
当初予定していた通りに病院に行き、抗癌剤のフロアーまで行きベッドに横になり、吐き気止めなどの点滴を受けて、いざ抗癌剤の点滴という段階の最終確認で「アルコールは大丈夫ですよね?」って言われてビックリ。
姉はアルコールにアレルギーがあり、アルコール消毒も注意が必要ですし、そもそも3年前の最初の抗癌剤の時にもアルコール成分を含んだ抗癌剤は使えませんよと言ってあるはずでしたが、用意されていた物はアルコール成分を含んだ物で抗癌剤の投与は急遽中止になりました。
そして問題は次回の通院予定が本来の予定通りの3週間後となっていました。
結果的にそれまでのホルモン療法の薬も無く、抗癌剤も投与せずで、癌に対する処置が何もないままの状態で次の通院まで3週間を過ごす事となりました。
この3週間は日に日に痛みが酷くなり、本人も辛そうでした。昼夜問わず痛み止めも効かなくなるほどの痛みに耐え苦しみました。
テレビを見るとかゲームをするとかそんな余裕は全くなくて、ただ少しでも痛みの少ない体勢を探し、少しでも辛く苦しまないようにただただ耐えていた時間でした。
24時間側に付いていないと心配な状況で「このまま年を越せるのだろうか?」と不安に思う程状況は厳しかったです。
それでも何とか11月後半の抗癌剤まで耐えぬいてたどり着きました。
抗癌剤の投与後は痛みも軽減され何とか持ち直したように感じました。
ただ先生からは「自宅で過ごすのはもう限界だと思いますので入院してもらって良いですよ。」と言われました。
しかし姉ね返答は「家に帰ります。」との事で帰宅しました。
そもそも姉は最後ギリギリまで入院しないと言い切っていまして、「自力でトイレに行けなくなったら諦めて入院するけどね。」と宣言していました。

2018年のクリスマス、いつものお気に入りの店のケーキを買いましたが、姉はもう店内まで着いて行けなくて私一人で買いに行きました。
ケーキのチョイスはあれで正解だったのかは分かりませんが、大丈夫だったかな?
あと、ちゃんとしたとんかつ屋さんのオードブルがお買い得だと知って買ったのもこの年のクリスマスですね。
年末には我が家で初めて、いわゆる通販の「おせち料理」を注文しました。
2019年のお正月はそのおせちとちぃっと高めのお寿司で過ごしましたね。

次は2019年、その年ですね。
でも一番色々と想いががあるのもこの年、特に最後の入院後、最後の数日間の出来事です。
長くなりそうですが、ケジメの為にも1周忌までに書き終わらせますね。

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Author:パンチョ
様々なお気に入り音楽を気分に任せて上げていく予定です。
基本は青春の80年代洋楽が中心となりそうですが、その他聴いているものは自由に何でもありで進めます。
懐かしの動画やPVを探してきて貼ってみたり、買ったCDの報告やリイシュー情報なども。
ジャンルも時代もバラバラですが、素敵な一期一会となれば嬉しいです!

洋楽=83年~88年あたりが中心。
邦楽=いわゆる渋谷系~キリンジまでPOPなやつ。
細野さんティンパン関係の70年代ものなども。
ソウル&R&B=50年代~現代まで黒いやつ。ダンクラも。
JAZZ=ソウル・ジャズやホンカーのファンキーなの中心。
ワールド=サルサ中心に、各国のリズム探訪。
自称GUACOマニアなので、そこら辺も手厚く。

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